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電気新聞「時評」福島第一原子力発電所-炉心固化の道筋

平成23年8月8日
日本原子力技術協会最高顧問
石川 迪夫

政府は、事故収拾にむけた工程表の第一ステップが、ほぼ達成できたと発表した。炉心冷却で溜まった汚染水を浄化し、冷却水として再利用する循環注水設備も動き出した。

爆発、放射能放出、避難と衝撃が走った3月に較べて、以降の事故経過は穏やかだった。その故か、世の関心は大本の炉心溶融から離れて、話題はセシウムに汚染された牛肉や土壌に移っている。

セシウム汚染について一言述べておくと、日本原子力技術協会のホームページに掲載したように、汚染の広がりや強さは、チェルノブイリ事故に較べて格段に少ない。その理由は、格納容器の存在と、黒鉛火災がないことによる。

この事実は、日本では語るを憚る世情だが、欧米では注目され、あれほどの自然災害に遭いながら原子力発電所とは安全なものよ、との冷静な評価が生まれている。この発信源は英国で、テロ対策に神経を悩ます米国では福音と受け取られている。

さて溶融炉心に目を転じると、ここ数ヶ月の状況から判断して、今後大きな変化が起きると考えられないが、工程表が示す、3~6カ月後に冷温停止(溶融炉心の凝固)を達成するのは無理であろう。

その理由は、説明済みの崩壊熱の性質にある。事故後4ケ月を経た今日、発熱は半減期の長い放射能からでる物ばかりで、千キロワットほどの発熱は、6カ月後になっても余り減らないからだ。

溶融炉心の大きさは直径4メートルほどあろうから、8畳間の空間に千キロの発熱があると想像すればよい。日本間なら、すぐに火事だ。この炉心に水を掛け流しているのが今の冷却方法で、第二ステップはこの水が循環水に変わっただけだ。溶融炉心の凝固に向けての本格的な冷却行動ではない。

だが、循環方式に変わったことで、汚染水が減少するメリットはある。1キロワット時の熱は水を1.5トンほど蒸発させるから、3基の事故発電所を合計すれば、1時間当たり約4トンの汚染水が減る勘定となる。この勘定で行けば、10万トンと言われる汚染水は3年後には蒸発して無くなる。

だが、事故終息の本丸溶融炉心の状況は、崩壊熱こそ物理法則に従って漸減しているが、その他に何らの変化もないのだ。酷評すれば、事故終息については未だ何も着手していないのだ。何となく漂っている世の安心ムードは、曖昧なまま物事を処理するのが得意な、日本人特有の和の精神が生んだ幻想に過ぎない。

溶融炉心の固化には、過去に二つの具体例がある。米国TMI事故と旧ソ連のチェルノブイリ事故がそれだ。TMIの場合、大型ポンプの作動による強制冷却で炉心は固化した。チェルノブイリ事故の場合は、溶融した炉心が地下廊下に流れ広がって表面積を増し、空冷固化状態にある。

福島の収束を案じた場合、TMIのように強制冷却に移るには、事故後4ヶ月にわたる注水で水の汚染が甚しい上、目標である炉心の位置形状など必要な情報がない。強行出来なくはないが、時機を逸したとの思いは強い。

残るは空冷の道だが、冷却を一時中断して炉心を溶融させ、格納容器の底に落として表面積を広げた後再度冷却に移るのだが、実行するには水蒸気爆発の防止など、幾つかの技術的課題の見極めが必要となる。安全な実施は可能であるが、実行には勇気と細心さが要求される。

  最後の手は、掛け流し冷却のまま固化を待つ、現状維持方式である。この場合、固化までには大変な時間がかかる。技術大国としては情けない限りの無策であるが、現今の動きは何となくこれを感じさせる。いずれの方式を選ぶか、収束への道筋はそれにより大きく変わる。

 

以上