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電気新聞「時評」福島第一原子力発電所~高濃度冷却水~

平成23年5月18日
日本原子力技術協会最高顧問
石川 迪夫

前報で炉心状況の推定と放射能の環境放出問題について述べたが、今回は頭の痛い高濃度汚染水の話だ。溶融炉心が吐き続けるガス(放射性物質)が冷やされて周辺の冷却水に混入し、今もその濃度を高め続けている。

その濃度だが、日本原子力の草分け、原研OBが集まっての(福島)原発対策検討グループの検討結果では、破損した3基の原子炉が持つ放射能の総量は、古い単位で恐縮だが、コバルト60に換算して約十数億キュリーと推定している。その僅か1%が混入したとして、冷却水が持つ放射能量は1千万キュリーにもなる。これはとんでもない恐ろしい量なのだ。

コバルト60は、照射線源として広く使われている。大体が1~5万キュリー程度の大きさだが、厚さ1.5メートルほどのコンクリート壁で囲まれた室内で取り扱われている。昔の放射線教育は、1キュリーのコバルト60が出す放射線の強さは、1メートル離れた距離で約1レントゲンと教えた。覚えやすく、放射能を感覚的に把握できる。

人は、短時間に700レム(700レントゲンの放射線量下で1時間)の放射線を浴びればほぼ確実に死ぬ。その約10分の1の50レムでは体調に変化を覚えるが、10レム以下では健康上の被害はないと教わった。荒っぽい話だが、その半分5レム程度を目安に、測定放射線量から作業時間を割り出して、昔は突撃した。

だが、1千万キュリーとなると、それはもう、感覚外だ。10円(10キュリー)を遣り繰りしている貧乏人に、1千万円を都合せよと言うに等しい。さすがの原研第一世代も、この大量の汚染水を循環させて安定冷却に導くことに二の足を踏む。

炉心を冷却する設備が作れたとして、その遮蔽をどうするのか。余程しっかり作らないと被曝が問題となる。一度汚染水が通れば、配管の線量は高くなり、人が接近できないから失敗は許されない。

加えて困った問題が、腐食だ。これまで約2週間にわたって海水を注入した。その量は蒸発量から逆算して、1基当たり約3千~4千トン程にもなろう。それに含まれた塩類の総量は1基当たり約100トンにもなる。

これは燃料と等量の塩が炉心に混在していることを意味する。この大量の塩が炉心にどう作用し、どのような性状の物体を作っているのか、僕には見当がつかない。

原研OBは、塩による配管や設備の腐食進行を心配する。原子力発電所で使われるステンレス鋼などの高級材料は塩素によって腐食し、応力腐食割れと呼ばれるひび割れを材料内部に作る。海水のにがりは、割れを更に加速するという。

冷却中の設備に割れが入れば何が起こるか、言を待たない。それだけではない。現存設備に腐食が生じれば、高汚染水が外部に漏れ出す恐れすらある。

以上の指摘は正しいであろう。大いに参考とすべきだ。だが指摘に頭を抱えるだけでは、過日発表された工程表、溶融炉心を安定冷却に導く工作は実行不能となり、放射能の放出は止まらない。諦めてはいけない。指摘には、実態が分からないままの推測が混じるからだ。

目標に従って、炉心と汚染水の実態を先ず確かめよう。その把握のための作業場、橋頭堡を原子炉建屋に構築して、内外の知恵を集めよう。遅かりし恨みはあるが、この活動が現地でいま始まり出した。

実態さえ掴めれば、解決策は必ず立つ。それを国際協力の下に実施すれば、原子力災害への備えが世界的で進む。世界はそれを望んでいる。日本の出方を見ている。その期待に応えることが、福島を応援してくれる世界への使命であり、日本の原子力の将来に繋がると、僕は思う。

以上