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電気新聞寄稿~燃料棒、密封性は確保~

平成23年3月18日
日本原子力技術協会最高顧問
石川 迪夫

 TMI(スリーマイルアイランド)事故の事実経緯から推定して、福島の炉心で今何が起こっているか、今後の推移と対策は何かを緊急に述べておこう。
  ただし、僕は今ひたちなか市での被災地暮らし、14日までは丸3日間の停電で外界との連絡もままならず、ニュースソースといえばラジオ放送を聞くだけ、一昨夜やっとテレビを見て世の中の進み具合を知った浦島太郎だから、具体的数値(実態情報)に乏しい。本稿は事実から推理した大筋の話で、細かい間違いは多々あることと思う。
  まず炉心状況だが、TMIの知見では、水面を境にして上と下ではその挙動が大いに相違している。福島でも同じであろうから、まずこの点を詳しく述べる。
  まず水面下の燃料棒は、水で冷やされているから健全な状況が保たれている。これは論を俟たないであろう。
  一方、水面の上に出た燃料棒は、周辺を蒸気で囲まれているから除熱が悪い。従って崩壊熱によって温度が徐々に上昇し、セ氏900度くらいになると周りの水蒸気と反応して被覆管が酸化し始める。この反応は強い発熱反応であるから、酸化が始まり出すとその付近の温度が局部的に上昇する。セ氏1300度近くになると反応が活発となり、被覆管の温度上昇は止まらなくなる。この結果、被覆の外面は薄い酸化皮膜(二酸化ジルコニウム)で覆われるが、被覆管の内表面もまた燃料ペレット(二酸化ウラン)から酸素を奪って同じ酸化被膜を作る。
  つまり被覆管の内外表面は薄い酸化被膜で覆われ、その間に被覆管材のジルカロイ合金がサンドイッチ状に挟まれた状態となっている。ここで注意すべきは酸化皮膜の融点が、被覆管の材料であるジルカロイの融点、セ氏約1800度より高いことである。従って中身のジルカロイは溶けて皮膜の間を下に流れて溜まりを作る。一方、内外の酸化膜はくっついて、原子炉の圧力によって燃料ペレットに圧着され、例えて言えば、燃料棒はポリラップでペレットを巻き包んだような形態になる。酸化膜は高温では強靱であるから、燃料棒は多少の変形が起きても放射能の密封を保ち、水面上に直立している。福島の事故で、水から露出した燃料から放射能が出なかった理由はこれだ。不思議でも、測定違いでもない。
  この状況に変化が起きるのが、炉心に水を追加した瞬間である。酸化被膜は温度が下がると脆くなる。加えて冷えて被膜が収縮するので、燃料棒はペレットとペレットの境界で分断され、落下崩壊(溶融ではない)し、おもちゃ箱をひっくり返したような状態で水中に堆積する。水中に堆積できるのは、水面下の燃料棒が健全であるからである。以上がTMI事故で起きた事故時の炉心状況である。
  ここで断っておくと、崩壊落下した燃料棒は水に浸されている限り冷却されていた。これは、小さく分断された燃料棒の間を縫って流れる水の冷却効果(コミュニケーションパスと言う)があるからである。この結果燃料は溶融することなく、デブリ(瓦礫)状態を保って残っていた。
  まとめると、水面上に出た炉心上部は水素を発生して崩落したが、溶融することなく冷却され、その結果ペレットの放射能保持効果は保たれた。
  問題は水面下にあった燃料である。燃料を冷却した水は蒸気となるが、蒸気の流れが上に乗っかったデブリで閉塞されて上に抜け切れず、横方向に流れたことである。言わばデブリの直下に蒸気ゾーンが出来たわけで、先程述べた水面上での燃料と同じ状態が、水中に出現した。この部分の排熱状況は水面上とは較べものにならないくらい悪い。このため被覆管の酸化熱は蓄積して燃料棒を溶融させた。炉心溶融の発生である。ただし溶融温度は一般的に言われる二酸化ウランの融点セ氏2800度ではなく、ウラン、ジルコニウム、酸素の三元合金の融点、セ氏2300度付近といわれる。この温度ではコンクリートは溶かせないからチャイナシンドロームは起きない。
  溶融炉心の下面は冷却水に接触しているので、鋳鉄を思わせるような、硬いクラスト状態になっていた。だがその上では溶融した燃料が横方向に流れて、薄いステンレス鋼製の炉心シュラウドと接触して穴を開け、そこから落下した溶融燃料は、直径15~20センチくらいのボール状に固まったのが、炉心底部で多数発見されている。
  以上がTMI事故での炉心溶融挙動だ。福島原発事故での炉心挙動もこれに類似している。その一つが、水位の低下によって炉心の上部2メートルほどが、水面上に長時間露出していた状況だ。セシウムなどの核分裂放射能が出てきたのは、海水の注入によって燃料が分断された結果だ。また水素の発生が爆発に繋がったのは周知の通りだ。TMI炉心は、1週間後安定冷却に成功した。福島も成功する。
  TMIと福島の相違点は、一つは、福島はBWRであるため炉心上部に汽水分離器という構造物があることだ。この構造が、炉心の蒸気を圧力容器上部に抜け出すうえでの抵抗として働き、蒸気を炉心に留めるので海水が入り難くなる。TMIに較べて、BWRは溶融炉心を冷却しにくい面がある。
  今ひとつ、燃料にチャンネルボックスがある点だが、この点については明暗二つの説が考えられる。ただ、前述の炉心の溶融挙動が比較的似ていることからみて、決定的な影響を及ぼす因子ではないようだ。善悪差し引きゼロということとして稿を進める。
  今ひとつの大きな違いは、TMIの炉心の安定冷却が一次冷却材ポンプ(福島の再循環ポンプに相当)の作動によって達成された点だ。PWRでは一次冷却系がタービン系統と明確に分離絶縁されているため、冷却能力の高いタービンコンデンサーが、一次冷却材ポンプの作動によって放射能汚染する心配がないので、気楽に作動できた。この強制冷却によって溶融炉心が凝固し、安定冷却に移れた。
  だがBWRでは、再循環ポンプを回しても、コンデンサーを使わなければ炉心の水を掻き回すだけに終わってしまう。炉心温度の低下に役立たないのだ。逆にコンデンサーを使うとなると、軽装の遮蔽設備しかないタービン建屋に、高濃度に汚染されている原子炉冷却水を送水する冒険をおかさなければならない。この決心が付くか否かが、今後の事故処理―安定冷却状態を得る―の緩急の分かれ目である。
  一口に原子炉安全の要諦は、止める、冷やす、閉じ込める、の三つというが、この言葉は安全上重要な順位をも表している、福島では、原子炉はみな止まった。次は冷やすことだ。このためには水を送る動力が何よりもまして必要で、電源の仮設が急務だ。
  次に事故を発展させた元凶、水素爆発について。TMI事故でも水素爆発は起きた。事故発生約10時間後、格納容器の中で巨大な爆発が起きた。事故後の計算から爆発した水素量は、燃料被覆管の約半分が酸化したに相当する量と言われている。この量は、福島1、3号での、炉心の約半分が水面上に出ていたとの話と相合する。TMIの場合、格納容器の破損はなかった。福島の場合、爆発は格納容器の外で、原子炉建屋を無惨に破壊した。
  TMIの場合、周辺の住民約1千名が放射線による被曝を受けた。その量は最大で100ミリレム(1ミリシーベルト)、平均1ミリレム(0.01ミリシーベルト)と報告されている。格納容器の圧力を下げるためベントを開放した時の放射線レベルは、敷地上空で約1.2レム(12ミリシーベルト)とあるから、福島のベント解放時と似た値だ。一時敷地内で400ミリシーベルトの放射線量が測定されていると言うが、これは燃料プールの水が減っているためで、注水が達成されれば放射線レベルは低下する。今回の災害も、TMI同様、放射線災害を軽微に抑えることは不可能ではない。
  主題から少しはずれるが、福島事故をチェルノブイリ事故の再来と宣伝する人がいる。その論点が分からないが、放射線災害に関する限り、福島の事故があの世界的な汚染に発展する可能性はない。理由は放射能をジェット気流にまで持ち上げた、黒鉛火災がないからだ。加えて、冷却水の温度が低いから、希ガスやヨウ素など沸点の低い放射能だけしか大気中に出てこない。チェルノブイリとは似ても似つかぬ類の事故である。
  以上、福島第一発電所の1~3号機についての事故状況の推定を終える。津波により全ての動力源を奪われた条件下で、事故の静定に、災害の緩和に、必死の苦闘を続けて居られる関係者の姿には只ただ頭が下がるだけだ。爆発が起き、建屋が壊れるに至ったのは悔やみきれないが、まだ次に炉心の安定冷却の仕事が残っている。ご苦労であるが、一層奮励を祈願したい。事故災害は時々刻々変わる。私も老骨にむち打って、協力を惜しまない所存である。

以上